ガッターーーーン!!!!!!

お父さんが椅子蹴り飛ばして立ち上がった。物凄い剣幕で怒っている。

スタッフに中国語を話せる人がいると分かってお父さんの怒りは更に勢いをました。今にも殴りかかろうという様子だ。

「Thank you!」
「謝謝」
「ありがとう」

たった一言。

その、たった一言の感謝の言葉が心をポカポカと温めてくれる。

世界は、やさしい言葉で溢れている。

リゾートバイトで憧れだった白浜へ

コンバースの靴の写真

「行ってきます」
「気を付けてな」

私は玄関に置いてある鍵を手に取った。靴箱の上の棚に目をやるとユニークな顔をした人形がずらりと整列している。それを見て思わず口元が緩む。数ヶ月後に帰宅する頃には、また新しい人形が置いてあるんだろうなと思いながら、靴箱の中からお気に入りのコンバースを手に取る。

3年前の誕生日に自分の身長と同じくらい大きなバックパックを背負いアジアを旅する!と家を出たあの瞬間がフラッシュバックする。あの時の私は、初めての一人旅への恐怖と不安に襲われて号泣していた。

それ以来、同じコンバースを履くたびにあの時の光景を思い出す。ただあの頃と違うのは、コンバースを履いても泣かなくなったことだ。

車のエンジンをかけてお気に入りの音楽を探す。最近どうもTWICEが可愛くて仕方ない。いつかダンスを完璧に覚えたいなと思いながらETCカードを挿入する。

「ETCカードが挿入されました。有効期限は2021年です」

ふぅ、やっと来たかこの日が。いつか住みたかった白浜という街。いつか働いてみたかった憧れだったあのホテル。初めての一人暮らしに胸を躍らせながら目的地へ向かう。

リゾートバイトを利用し、仕事に就くのは2度目だ。

リゾートバイトの仕事は自分の希望する場所を選べるし、住む家も食費も全て無料で会社側が用意をしてくれる。とにかく今は稼ぎたい。そして、地元からは離れたいが家族の近くにも居たい。そう思い実家から車で2時間ぐらい南の方にある白浜を選んだ。

ひたすら真っ直ぐの高速を走り続けた。高速を降りると見慣れた景色だ。最後に来たのは1、2年前だろうか?何度来てもワクワクするこの光景。山道を抜けると太陽が直接車に差し込む。

「眩しっ!」

思わず手をかざし目をおおった。光に目が慣れてくると同時にそこに広がるのは透き通った青空とキラキラと輝く海。運転しながら思わずちょっと海の方を見てしまう。

「は~、ほんまに綺麗やなぁ、白浜。いつ来ても綺麗」

到着した時にはすでに待ち合わせの時間が迫っていた。左腕に着けた時計に目をやりながら、足早に担当者との待ち合わせ場所へと急ぐ。ホテルのロビーに足を踏み入れた瞬間、広がる光景に思わず足がすくんだ。大きくて立派なホテルだ。フロントに挨拶を済ませて事務所へ通され手続きを済ませた。

タイムカードには部署別に並べられた名前がみっちり書いてある。こんなにも大きなホテルで仕事をした経験はなかった。接客にそんなに自信がない私にこんなに大きなホテルでの仕事が務まるのだろうかと既に心配になってきてしまった。

説明が始まっても緊張してしまって担当者の話がなかなか頭に入ってこなかった。

寮の部屋につくと、畳に座って窓から見える海をボーッと眺めていた。やっと一息つけたと思った。

個性的なメンバーと海を臨むレストラン

海の上の雲の写真

翌日、いつもより早く起きて支度をした。

家と職場は、徒歩で約15分の場所にあり朝はみな従業員食堂で食事を取るのだ。ロッカーでクリーニングしたての制服に袖を通し食堂に入ると見知らぬ人達ばかりだった。各々で食事を取る人や、仕事終わりに話をしている人。部署ごとに制服や勤務時間が異なるため私と同じ制服を来た人は見当たらない。

はぁ~どうしよう。とため息を付いた。

「20分に迎えに来るから」とだけ言われたが何処に誰が来るのかも分からない。同じ制服の人も居ないから誰に聞けばいいのかも分からない。時計に目をやるともう20分だった。

ホテルの敷地内にある職場へと向かい恐る恐るドアを開けて様子を伺う。

「あ、あの~……今日から出勤します内田です」
「あ!ごめんごめん俺迎えに来てって言われたの忘れてたわ、ははは」
「あ、あぁ。いえいえ、大丈夫です」

このおおらかそうな男性は藤本さんというらしい。

その時、前から走ってきた女性に突然抱きつかれた。

(え!え?な、何。めっちゃ、フレンドリー)

「私、今日で最後なの。うふ。よろしくね」
「はっはっは、俺も今日で最後ですぅ、お願いしますぅ」
「あれ?今日前田休みなの?」
「は~?休ませる訳ないじゃん」

この女性は愉快な岡田さん。こう見えて副店長で、初めて会う人には毎度の挨拶に「今日で最後です~」と言うらしい。完全にツッコみ待ち。

後ろからバタバタと誰かが走って来る音が聞こえた。息を切らしながら、
「は、初めまして!俺前田です。って初日から遅刻してる所見せちゃいましたね、えへへ」

(なんなんだここ大丈夫かよ、しっかりしてくれよ……)

これが私のリゾートバイト初日だった。

白浜は、夏本番を目前にバタバタとしていた。2年前にリニューアルしたばかりのお店はど真ん中に大きな生簀があり新鮮な魚が泳いでいる。それを囲うようにカウンターが広がっており座敷と個室も完備していた。お店全体のキャパでいえばゆうに100人は余裕で入るくらいの広いお店だった。

この店一番人気はカウンター16席のお寿司だった。白浜自慢の海が絶景に広がり、目の前では職人がお寿司を握ってくれる特等席だ。

営業は、昼と夜に別れている。どちらもメニューは同じで、昼も夜も一般のお客様を案内出来るが、夜はホテルの宿泊プランである夕食を提供しているため、宿泊者を優先し席に案内できないこともある。

とにかく仕事内容を覚えれば淡々と動くことも出来るし、自分の体や性格にも合う仕事だったので毎日がすごく楽しかった。リゾート地の繁忙期を前に、ホテル側がどんどんスタッフを増やしていたのでまるでオープニングスタッフのように分け隔てなく皆で助け合いながら働くことができた。

リゾートバイトを雇うホテルは、期間ごとにスタッフが入れ替わるので社員側の対応も慣れていて、仕事に関するポイントを教えた後は自分で吸収してね!という感じだった。良い意味でほっておいてくれるから自分の仕事のスタイルを作りやすい環境なのだ。

外国人へのトラウマ

レストランの店内の写真

どうしても心が痛んだのはクレームだった。

予約漏れで、お客様同士の席が被ってしまうことがあった。16席しかないカウンターに時間・席・人数が被ってしまうのだ。

夏がオンシーズンでひっきりなしに観光客が出入りする白浜では、家族連れ・子供連れなため席数が多い。時間制限を設けていないので、長居する方もいる。そんな時は片付けは出来ないわ後は予約で詰まってるわで地獄のような状態だった。

海外からの観光客への対応も大変だった。

一番神経を使い、時間がかかるのは外国人への料理の説明だ。ご存知だろうか、生魚が食べられないのに魚料理を専門にするお店に食事に来る人がいることを。そしてそんな時に限って彼らが日本語も英語も話せないことが多い。

私達のお店はお寿司・御膳料理・懐石料理とコース料理も提供しており、提供する際に魚の名前や簡単な料理の説明をする。だが、外国人に対しての英語は難しい言葉ばかりで頭を抱えることが多い。

日本の夏休みといえども、リゾート地なので半分は海外からの観光客だ。当時、アメリカ留学をしていた前田君が通訳担当だったが、ある日大きなクレームが起きた。

その日は宿泊の予約ではなく、一般のお客様が席に着いていた。どうやら香港から来た3人家族で、息子だけが英語を話せ両親は中国語のみ。前田君が全て担当していたのだが受けたオーダーは、大鍋の懐石コースのようだった。つきだしから始まり、洋菜や揚げ物など和歌山・白浜といえばのクエ料理を大盤振る舞いする大人気コースだ。

(あぁ、コースか。料理の説明難しそうだな)

横目で確認し厨房に戻るとちょうどコース最後の料理が出されるところだった。

「内田さん、それ25番席にお願いします」

「はーい、でもあの席外国人ですよね? 私説明出来るかな。でも前田君今接客してるし。ま、大丈夫っしょ」

英語話せます!とは、自信を持って言えないが海外に一人で旅行をしたり、洋画も沢山見る。なんなら韓国留学も検討中だもの、簡単な言葉は話せないでどうする!と自分に言い聞かせて席へ行く。

「こちらお次の料理になります」

(あ~ダメだ、英語で話すのが恥ずかしくて言葉に出ない)

すると男の子がメニューを手に持って雑炊を指差している。まだグツグツ煮えているお鍋に目をやると食べきっていない具材が結構残っていた。

「あ~……Next? But ん~……」

鍋の中身を指差して、まだ残っているからまだ食べる?要らない?とジェスチャーをしてみる。全員ぽかんとした顔をして、こいつは何を言っているんだ状態。次々に出されていた他の料理に目をやるとほとんど手をつけていない。

日本のご飯は口に合わないのかな?そう思い自分の頭の中にある言葉でなんとかコミュニケーションを取ろうとした瞬間に男の子がこちらに向かって何かを訴えている。

「OK! OK!」と鍋を指差して雑炊を作ってほしいとお願いされたのでお鍋を一旦預かり厨房へお願いした。この日は繁忙期にも関わらずお客様の引きが早く店内はゆったりとしていたので、雑炊が出来上がるまでの間は違う席への接客をしたり宿泊のお客様とお話をしたりで楽しい時間だった。

そして、香港家族がHey!Hey!と私を呼び止めた。

「What's Time?」

Time….…時間? あぁ、雑炊の時間ってこと? 男の子の目が怒っていることに気付いた。私は何か嫌な予感がして笑顔で少し待ってねとジェスチャーし、インカムで調理場に向けて後どれぐらいで料理が出来上がるのか聞いてみた。

「もうすぐ出来るよ! Oh Now Now! Please Wait!」

そう言うと、少し顔がほころんだので急いで厨房に雑炊を取りに戻った。

鍋を持って席に戻り、蓋を開けた瞬間「Wow!!」ではなく、真顔。え、これは何? この場面って、美味しそう! って笑うシーンじゃない?

「Why!? Where mushroom!!」

や、やばい怒ってる。マッシュルームってキノコがないって怒ってる?雑炊を作ってほしいが具材などは置いておくものだと思っていたみたいで、ご飯と卵だけになったお鍋を見て怒りが爆発したみたいだった。

お父さんは、中国語で何かを言っているが全く内容が分からない。パニックになり男の子に話を聞こうとするが更にヒートアップして早口でまくしたてている。

ガッターーーーン!!!!!!

お父さんが椅子蹴り飛ばして立ち上がった。物凄い剣幕で怒っている。怖い。何を言っているのか分からないがとにかく怒っていることは分かる。

厨房にいる中国語を話せるスタッフが事情を聞きにホールに出てきてくれたが、スタッフに中国語を話せる人がいると分かってお父さんの怒りは更に勢いをました。今にも殴りかかろうという様子だ。

(や、やばい……どうしよう)

「前田君、急いで25番席まで来てほしい!急いで!」

インカムで前田君を呼び、事情を聞くと「1つ1つの料理の説明がないから何が何だか分からない」というクレームだった。

結局、香港家族は代金は支払わずお店を後にした。

この日をキッカケに私は外国人への接客が怖くなり、外国人が来ると話をなるべく簡単に済ませるように逃げ腰になってしまった。

やるしかない状況で本当の自分がわかる

レンガの壁の写真

しかし夏の繁忙期を終える頃に通訳として活躍していた前田君がアメリカへ戻るため和歌山を離れてしまった。とうとうお店には通訳がいなくなった。

それでも外国人の観光客の来店は留まることを知らない。最近では、海外のユーチューバーやブロガーがお店の紹介を中国語でアップしていてご丁寧に写真まで付けてくれているではないか。同じものが食べたいと携帯を見せられることが増え始めた。

ある日、中国人の6人家族が来店した。大きな生簀に感動しうわ~と声を出しつつ、入り口スタッフの「何名様でしょうか?お料理よってお席が変わりますので、御膳料理またはお寿司のコースのどちらになさいますか?」の言葉を完全に無視してズカズカと店内に入ってくる姿が目に入った。

この日は日曜日のお昼だったのでいつもにまして一段と忙しく、お客様の出入りも激しかった。彼らはついさっきまでお客様が食事をしていて片付けもまだな席に勝手に座ってしまった。

後ろから「あの~すぐにお席をご用意するのであちらのお席でお待ち頂けますか?」と叫ぶ店長の声も全く耳に入っていない。

誰かがなんとかしないと。誰か?そう、それは目の前にいる私だ。もう逃げられない。

「Oh Sorry? Now clean.Please Wait! Maybe 3 minutes.」

その時ふと口をついて出た言葉だった。とにかく早く片付けて綺麗にするから少し時間を下さいとお願いをしたつもりだった。すると全員が振り向き、

「Oh Sorry,OK!」

自分でも思わず口にした言葉がすんなり通じたことにビックリしたが、一番ビックリしたのは店長だった。

「え、内田さん英語話せるの? 凄いじゃん! 片付けたら皆のこと案内してあげてね。対応よろしくね」
「あ、は、はい! 喜んで!」

通じた。自分の言葉が伝わった。

もぅ、心臓がバクバクしていた。でも嬉しかった。勇気を出して英語を使った自分を褒めてあげたい!今すぐスキップしたい!そう思った。何かの壁が壊れた気がした。

その後の6人家族の接客は私が担当することになった。

席に行き料理の説明をしようとすると、彼らは自分達の会話を止めて私の方を向いて話を聞いてくれた。そして私が席を離れる時には「Thank you!」と声を出してお礼を言ってくれた。

(あ、なんだか心が温かい)

その日から、私の中で何かが変わった。

呼ばれなくても通訳を必要とする方が目に入ったら自らお客様の元へ出向き、つたない英語力ながらも説明をした。理解してくれることが嬉しくてまた自ら席を担当する。

最初のうちは、仕事で必要な情報を聞き取ることだけに専念していた。何名様?料理は?予約してる?カウンター?テーブル?しかし、少しずつ勇気が溢れ出すと、もう止まらない!

英語のみならず、韓国語や中国語。知っている単語があれば、どんな小さなことでも歩み寄り話しかけてみた。必ず返答をしてくれ、満面の笑みで「ありがとう」を伝えてくれた。

あの時、やらなきゃいけないと思ったから自然と口をつくようにして言葉が出た。そして店長から任されたから自分から動いて外国人の対応をするようになった。

必要に迫られる状況になった時に、自分の中にある本当の力が発揮される。まさにその通りだと実感した。

一歩を踏み出せば何かが変わる

朝焼けに気球が浮かぶ写真

周りから聞けば英語を話せると思われるかもしれないけれど、実際私はただ単語を並べているだけだ。ペラペラ話せる人からすれば赤ちゃんが話しているようなものだというのはわかっている。それでも「言葉が伝わった」という経験は私の自信に繋がった。

お店では、通訳として私の名前が呼ばれるようになっていった。伝えたい、こう言いたい!頭で考えすぎずに自然な気持ちで接するとお客様は皆が理解してくれた。その度によしっ!とガッツポーズをする。

もっと外国人と会話がしたい、コミュニケーションを取りたいと思う気持ちが日に日に強くなった。確かに前から海外には興味があった。留学や仕事で行って見たいやってみたいと思うこともたくさんあった。でもなぜ自分がそう思うのか、なぜ海外でなければいけないのか、確信を持てる何かが見つからなかった。白浜に来てやっと見つけたもの、それは言葉で人と人とを繋げる仕事に就きたいという想いだった。

7ヶ月そのお店で働き、実家に戻った。それから本格的にフリーランスWebライターとして仕事を始めた。そして今は、大好きな世界旅行をしながら日本と世界を繋ぐライターになるべく日々奮闘している。

リゾートバイトで勇気を出して外国人に声を掛け続けた日々がなければ、今の自分ではなく何かを探し続ける迷子のままだったかもしれない。あの日の「Thank you!」というたった一言が私を助けてくれた。その言葉が勇気を出して一歩を踏み出すきっかけとなった。今度は私の言葉が、誰かが一歩を踏み出すきっかけとなったら嬉しいと思う。言葉で人と人を繋げ、そうして最後にはこの世界を救いたいと今は思っている。

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